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昇という人間の形成

2011年02月26日
 たまには鬱になる自分語りでもさせてください。

 あと、女性の方は面倒なので確実に見ない方がいいと思います。

 俺の高校生活も残り一週間を切りました。


 と言っても、なんだかんだで受検はあと2回残しております。
 それもこれも、A判定のはずの大学に落ちたからだ畜生が……。点数見ても落ちる点数じゃなかったのに……。


 それはさておき。


 今になって高校生活を振り返ってみようと思うと、本当に色々あったなぁと感じました。
 中学生のときまでは、なんとなくで生活していたんですよね。

 中学生の時、国語の課題に『読書一万ページ』なるものがありました。これは、学年1年間を通して、小説を合計一万ページ読むことを目標とし、生徒に普段から文字を読む習慣とそのスピードをアップさせることを目的とした取り組みでしょう。
 中学1年生から3年生までの合計で30000ページ。俺の中学は校則がとても厳しい学校で、服装の乱れはおろか、宿題を忘れた日なんかは終わるまで居残りです。


 今になって語るのも恥ずかしいですが、自分は小学生の時に、
月曜日……塾
火曜日……塾
水曜日……書道、剣道
木曜日……テニス、塾
金曜日……塾
土曜日……囲碁、剣道
日曜日……一日中寝る
 というサイクルを送っていた時期がありました。
 これのせいで、友達と遊ぶことなんて勿論できず、日曜日も父が家にいるから家に友達を呼ぶこともできなければ、外に行ったら友達がいるわけでもなく、電話して遊びの約束を取り付けるなんて言っても、その家の両親や兄弟が電話に出た時の対応がわからずに渋っていました。
 そのため、俺は家で1人でゲームをずっとするようになりました。


 それが、中学生に上がったときに塾と剣道以外――ま、それでも半分以上の曜日にスケジュールが入っていることになりますが、やめることになったのです。剣道部の部活動の存在が大きかったためです。
 剣道部は俺が入部したときは既に廃部寸前で、俺の同期も1人だけでした。その1人も幽霊部員で、ほっとけば勝手に崩壊していくと思われました。しかし、それをよしと思わぬ人間もいたのです。父親のことです。

 父は剣道6段で、業界でもちょっとだけ顔が利く人間でした。そのコネを使って、剣道部のコーチに、学生時代に全国大会レベルまで行った先生を呼びました。そのおかげで、剣道部は廃部を免れました。
 しかしまた、それをよしとしない人間もいました。俺と同期だった、幽霊部員のことです。

 その幽霊部員の家は、実はとても厳粛な家庭環境だったようで、そのコーチが来るようになることを顧問の先生が各家庭に伝えたときに、その幽霊部員がサボっていたのがバレたようです。
 家が厳粛とは言いましたが、当の本人は不真面目で、どう見ても『不良』の人間でした。もちろん不良仲間も存在するわけで、俺は「お前のとーちゃんのせいで怒られたんだからな!」と不良連中の狙いの的になりました。

 それから、俺が廊下を歩いているとすれ違いざまに舌打ち、背後から突進、一番酷いときにはカバンが丸ごと消えていました。これで一番酷いって言うんだから、この時ばっかりは学校の規則の厳しさに少し感謝もしました。


 そして俺自身、友達付き合いが苦手な人間だったもので、イジメを受けているときに味方になってくれる人間は誰もいませんでした。友達らしい人はいましたが、皆俺よりも気が弱い性質で、頼りになるわけがありません。
 ならば、と先生に言ったこともありました。先生は連中を叱り、俺に謝らせることに成功しました。

 しかし、それは油にしかならなかったようで、「今度はお前のせいで先生に怒られた」と負のスパイラルになっていたのです。


 そんな時に出会ったのが、ネットゲーム『メイプルストーリー』。ここで出会った人たちは、誰もが暴力を振り回さず、会話だけで人間関係を成り立たせていました。確かに言葉が汚い人も多かったとは思いましたが、肉体言語を使う人間が居ないだけで、当時の俺はのめり込んで行きました。
 これが、俺がネット大好きで中毒になっちゃってる理由です。てへ。

 ネトゲの世界で作った友達は、みんな生身の人間なんだってことも嬉しくて、俺はどんどんゲームをプレイしていきました。



 パソコンを付けてもネトゲしかやることのなかった自分ですが、少し興味を持ったことがあります。

 友達のチャットでよく流れる、アニメやマンガの話。この時、俺はアニメと言えば『サザエさん』、マンガと言えば『NARUTO』が一番最近見たものって感じの中学生でした。
 当時、深夜アニメでは『涼宮ハルヒの憂鬱』が流行っていたのか、俺はそのタイトルをよく見た気がしました。


 俺はその時ネトゲを落とすと、よくわかってもいないインターネットに接続して、Yahooで『涼宮ハルヒ』を検索してみました。
 すると出てくるのが、アニメの公式ページやWikipediaの記事。しかし、アニメ公式ページは見てみても放送中だったためか情報量が少なく、Wikiは絵がないため、当時の俺は結局よくわからずじまいでした。
 それでも、友達の会話の意味を知りたいと検索結果をどんどんスライドしていって、その中で見つけた一つのサイト。
 涼宮ハルヒの憂鬱のエロ同人誌が、そのサイトには載せられていました。

 中学生ながらにそういうことに疎かった俺は、どうしてかそのイラストに目を離せませんでした。
 パソコンの画面の中でハルヒと呼ばれた少女が、みくると呼ばれた少女がかわいらしく――まぁ、詳しくは言えませんがね。
 その時に、俺はこの作品について、もっと知りたいと思いました。


 それから、マンガ版のハルヒを買って読んでみようと決意するまで3ヶ月ほど、本屋で買うときも実にドキドキしながら買ったものです。
 その後、違法だと知らずに、覚えたばかりの某動画サイトでアニメを見てみたりしました。
 そこでアニメの方がストーリーが進んでいることに気づき、調べてみれば原作はライトノベルなる小説。ここまで『十五少年漂流記』や『蜘蛛の糸』のような文学を読んでいた『読書一万ページ』をこなすことにも役立つし、一石二鳥だと思って、その原作を買いました。
 これが俺とライトノベルの最初の出会いですね。ハルヒは偉大でした。


 もちろんこれが直接の原因ではないのですが、小学生の時からの友達が、俺がゲームが強くて家ではいつもゲームしかしてないと、誇張して学校で言いふらしたものですから、俺のあだ名はいつしか『オタク』になっていました。
 付け加えて、スポーツも正直言ってオンチな体質だったので、誰もがそれを信じてしまったのです。
 ハルヒを読んだことは、この時点で誰も知りません。


 どんどん孤立していく俺の立場、下落するスクールカーストの中で、このとき数人の生徒が俺を呼びかけてくれました。彼らもまた、隠れオタクだったのです。
 1人はハルヒの原作をカバンの中に全て入れて持ち歩いていたり、1人はアニメの音楽をひたすらに大好きだったりと、それぞれが個性的でした。俺をイジメ倒すことで、個性を維持してたような下衆な輩と比べると、まさに月とスッポンのようにも感じられました。
 ちなみに、シャナと出会ったのはこの時でした。


 それと同時に思ったのが、この文化をたくさんの人に理解してもらいたいという気持ちでした。


 何を思ったのか、俺はそれからオタクであることを否定しようとはしませんでした。
 「オタク」と言われて「ちげーよ」と言い返し、その反応でからかわれてたのはわかっていても、言い返さなかったらそれはそれで「やっぱりオタクだったんだ」と言われていた状況に、「だからどうした」と言い返せるようになりました。
 俺と話してる時間があるならさっさとどっか行けよ、とまで言えるようになるには時間がかかりましたが、オタクであることを認めたからこそ、また同じ趣味を持つ友達がいたからこそ、自分を素直に表に出せるようになったのだと思います。


 親父は俺が夜遅くまでゲームをしていたら、すぐに怒りだし、暴力に訴えました。夜遅く、とは言っても習い事から帰ると既に夜10時ごろ。そして親父が家に帰ってくるのも10時前後。結論として、遊ぶ時間なんてほとんどありませんでした。学校で小説を読むようになった理由は、ここにあります。
 そして親父とも喧嘩することになりました。ゲームやマンガは面白い、この時間を奪わないでくれ。と、そう言ってやったのです。すると勿論向こうは「そんなもの、害以外の何物でもないだろう!」と言い出すのですから、俺は絶交宣言してやりました。
 この時から、今ブログ書いてる今まで実際のところまったく話していません。同じ家にいた時も目線を合わせることすらしませんでした。「ただいま」と言われても無視。その結果が、父からの暴行でした。母はすぐに止めようとしてくれましたが、男の力には敵わず、俺は父になされるがままでした。剣道の竹刀や木刀を使わなかったのが救いだったと思います。




 そんな中で、完全にリアルの状況から脱却、オタク道を通ることを決めて、中学卒業・高校入学になります。








ちょっと休憩
コメ返ー

コメ主
>>コメント
昇の返答




>>昇里はドM←結☆論
>>でFA?

ダメ

>>とりあえずショボンよこせっ(`・ω・´)
俺がむにゅむにゅしたの欲しがるとか無茶しやがって



明治さん
>>あー懐かしい。
ねー。





>>ゲームなんて熱が冷めたらそんなもんやで……
また温めればいいのだよ、君



雷電
>>めいぽ懐かしす。
>>この前、謎がうちにきたときINしてみたけど、5分でやめたw

完全にオワコンだな……

>>ひこたあああああああああああああああああああ
>>あああああああああああああああああああああああん><

そういえば緋sのおっかけだったな






 話は飛びます。高校受験は推薦で即効決めました。


 高校に入学して、剣道部に入るか否か、当初は迷いましたが結局入らないことにしました。
 今になって思うと、エンタメ部で本当に良かったと思います。

 と言っても、学校に入ってすぐにエンタメ部に向かったのではなく、中学の時にオタクで中傷されてた経歴から、1ヶ月ぐらいは行動を控えていたのですね。周りからは小説を読んでいるマジメそうな人(はぁと)とでも思われていたでしょう。

 5月に入ったあたりで、じょーさんと出会い、エンタメ部に連れていかれました。最初どんな話をしたっけなぁ。覚えてないや。
 そして連れて行かれたパソコン室で、かっきーとガーガー、あとモヤシと初めて対面しました。
「あ、どうも、昇(仮)と申しますです」「あ、かっきー(仮)ですどうも」みたいな会話をしていたか。お互い初対面は丁寧な言葉で、今のような「氏ね」と連呼しあう仲になるのはもうちょっと先の話なのです。ちなみにこの時、ガーガーとモヤシは東方に夢中であんまり話していませんでした。


 で、このパソコン室で会った3人、なんとメイプルストーリーを皆プレイしているということで、よく話すようになりまして、「ならばネット上で会ってみよう!」となるわけです。
 ここでメイプルストーリーについてちょっと説明を挟みますと、ログインした先に『サーバー』というものがいくつかありまして、1人のキャラクターをそのサーバーで作ったら、他のサーバーで使うことはできませんでした。ちなみに俺は『もみじサーバー』でした。
 そして3人のサーバーを訊くと、なんと全員が『かえでサーバー』。俺だけハブられてました。いや、偶然なのはわかってるのですがね。

 それで、夏休みが始まってから、かえでサーバーで新しく俺もキャラクターを作り、よく話すようになりました。お互いを呼び捨てにするようになったのはここですね。
 そこでついなんとなく上がった話題『コミックマーケットへ行こう!』という話。いや、言いだしっぺは俺だったのですがね。
 俺たちは初めてのコミケとやらに参戦することをノリで決めました。

かっきー:電車どうする?
昇:ビシャスROM
ガーガー:モンカニ(そういうミニゲームがある)ROM
モヤシ:俺は行かないよ?
かっきー:……

 夏休みの間だけでこんなにも意思疎通ができる仲になるなんて……エンタメ部、恐ろしい子っ


 それからというもの、俺は今までのタガが外れたように(実際外れてました)、毎日を楽しく過ごせました。
 今までやりたかったけどやれなかったオタク趣味をどんどんやりました。
 たぶん今のように、オタク趣味を周囲に伝染させるほどにオープンになってしまったのは、エンタメ部の存在は大きかったと思います。




 そして、夏休み明けの9月6日、『本日もこだわりを持って、』を開設。そこからの出来事は、このブログの過去記事を見ればわかるんじゃないかと思います。





 高校時代のほとんどを綴ったこのブログ。

 楽しそうに見えたなら、俺は嬉しく思います。



 これからも、こんな昇をよろしくお願いします。



201102260057000.jpg
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リア日記 | Comments(9) | Trackback(0)
Comment
しょうさんかえでだったのかー
自分もブログに振り返り記事あげようかなぁ(´∀`)
受験あと2つ終わったらお前んちにモンハンしに行くから覚悟しときな!
まさか隣の中学でそんな思いをした人物と出会うことになるとは思いもしなかった……。
懐かしいなww
入学当初はお互い君づけだったもんなww
初めてのアキバ連れてって貰ったり、毎日のようにモンハンしてる内にかなり砕けたような感じになったね
まぁ、トドメはメイポだがww

受験終わったらラノベ借りに行くから覚悟しときな!
ドラマだな。
昇sの過去は結構ハードっすなぁ…
そんな自分は昇sからラノベの面白さを教わりました!!
感謝してます。
ありがとうございました。
まぁめいぽで知り合っただけのやつだがこれからもよろしくっす
mixiで会ってたけど、こっちではお久しぶりッスねw

昇にそんな波瀾万丈な過去が…
ちょっと感動しましたw
これからもよろしくb!
俺の高校生活もまで読んだ

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